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スカウスハウス・ツアー2008 「利物浦日記2008」(レポート)


「利物浦日記2008」 - SCOUSE HOUSE TOUR 2008 / REPORTS

【イントロダクション・その1】 NLW No.354「フロム・エディター」より抜粋)

気がつけばもう8月中旬です。
オリンピックが無事に始まって、今週末はプレミアシップも開幕します。
そしてリヴァプールにとっては、明日がチャンピオンズ・リーグの開幕戦です。なんだか急に忙しくなってきました。

そしてそして、来週はいよいよ<インターナショナル・ビートル・ウィーク>です。
毎年いろんなことが起きるこのフェスティヴァル。今年もきっと、サプライズやハプニングはもちろん、素晴らしい人々との出会いや、ゾクゾクするようなスリルや感動、理性を失うほどの興奮が待ち受けてるんだろうなあ…今から本当に楽しみです。

今年のフェスティヴァルには、<The Aspreys>というビートルズ・トリビュート・バンドが出場します。日本から唯一のエントリーです。
今回の<ビートル・ウィーク>のために彼らは、ほとんど1年がかりで準備をしてきました。
新たなレパートリーに挑戦し、演奏やパフォーマンスのレヴェルアップを図り、衣装を新調し、体力アップと減量のためにエクササイズにも取り組んできました。
まるで、オリンピック代表選手のような真剣さです。頭が下がる思いです。ブッキングを担当した者として、こんなに嬉しいことはありません。

オリンピック…。
そうです、この<インターナショナル・ビートル・ウィーク>は、ビートルズ・バンドにとってのオリンピックなのです。“聖地”リヴァプールに、世界中から選りすぐりの腕自慢が集まって来る、ビートルズ・バンドの祭典なのです。

順位もつかないし、もちろんメダルの授与もありません。でもだからといって、「ただ楽しむため」に出場するバンドは皆無です。
世界中からやって来るビートルズ・ファンやリヴァプールの人たちの前で恥ずかしい演奏はできない。最高の舞台でベストを尽くし、自分たちの最高の表現をしたい…。
そのリスペクトの精神と、プレッシャーとのギリギリのせめぎ合いなくして、感動を与えるパフォーマンスが生まれるはずはありません。少なくとも僕は、そう思っています。

「日本代表」のアスプレイズがどんなステージを見せてくれるのか、彼らのスピリットがどれだけオーディエンスに伝わるか、しっかり見届けて来ようと思っています。
きっと彼らは、金メダルに値する活躍をしてくれるでしょう。そう確信しています。

…なんて書くと、余計にプレッシャーをかけてしまうかもしれませんね。
もちろん、僕も精一杯サポートします。一緒にがんばろう!

NLW No.354「フロム・エディター」より抜粋)



【イントロダクション・その2】 NLW No.355「フロム・エディター」より抜粋)

リヴァプールから戻りました。
《International Beatle Week》、今年も盛り上がりましたよ。毎年のことではありますが、目が回るほど忙しいけれど、それ以上に楽しく充実した1週間でした。
おかげで、疲れも時差もまだしっかり残っていますが…。

今年は《Mathew Street Festival》の野外ステージが復活、6つの会場はどこも大勢の群衆で埋め尽くされました。
インドアの会場も相変わらず大盛況で、正式な数はまだ発表されていませんが、日・月の2日間だけで最低でも35万人の人がリヴァプールのシティ・センターに集まったということです。
地域への経済効果は2000万ポンド、つまりおよそ40億円(!?)だと新聞記事にありました。

今年スカウス・ハウスがエントリーした<The Aspreys>のギグも大好評でした。数えきれないほど多くの人から、「君らが今年のナンバーワンだ!」という嬉しい言葉を聞きました。
合計で7本行われた彼らのギグは、回を重ねるにつれ、オーディエンスの数がどんどん増えて行きました。何人かはもうすっかり顔なじみです。

そしてクライマックスとなった日曜深夜のアデルフィ・ホテルでのギグは、演奏が始まる前からぎっしり超満員。一種異様な熱気に包まれました。それほどせまい会場ではないのに、ぎゅうぎゅうに詰めても収容しきれず、外の通路まで大勢の人が溢れていたそうです。
その一方で、同じホテル内にある巨大なボールルームは、超有名バンドが演奏しているにも関わらずガラガラ…まったく、信じられないことが起こっていました。
もちろんライヴは大盛況。アスプレイズのメンバーたちにとっても、僕にとっても、とびきりマジカルで、ミラクルな夜になりました。

まったくの初出場でこれだけのムーヴメントを巻き起こしたバンドを、僕は知りません。
「かなりイケるだろう」とは思ってましたが、まさかこんなことになるとは…。

前号にも書きましたが、アスプレイズのメンバーたちは、並々ならぬ決意でこのBeatle Weekに臨みました。
リヴァプール入りした後も、過酷なスケジュールをこなしながら(原因はほとんど僕なんですけど)、本当によくがんばっていました。
その努力がしっかり報われたということだと思います。リスペクトの気持ちや、人柄の良さはちゃんと伝わるものですね。

世界のひのき舞台で、ただの無名の新人バンドから、あっという間に超有名人気バンドになったアスプレイズ。間違いなく金メダル級の活躍だったと思います。最高に素晴らしかったです。ありがとう!

NLW No.355「フロム・エディター」より抜粋)



【利物浦日記2008 / 8月21日(木)】NLW No.361に掲載)

【8月21日(木)】

<インターナショナル・ビートル・ウィーク>が開幕した。
スカウス・ハウスでは今年もビートルズ・トリビュート・バンドをフェスティヴァルにエントリーしている。
その名は<The Aspreys>。関東で活動する、サウンドはもちろんルックスにもこだわりを持つバンドだ。
今年唯一の「日本代表」として、キャヴァーンでの4本を含む合計7本のステージが彼らのために用意されている。

以下は、僕が原文を書いて、ミナコさんに英訳してもらったアスプレイズのバイオグラフィだ。ほぼこのままの形で今年の<ビートル・ウィーク>プログラムに掲載された。

The Aspreys Biography --------------------------------------

The Aspreys was formed in 2005 by 4 musicians who have high aspiration to reproduce precisely the sound, appearance and performance of the Beatles.

The name of the band originated from a jewellery shop in London called "The Asprey" which appeared in the Beatles' second film "Help" in the scene when Ringo Starr ran in to remove the ring which was stuck on his finger. (Currently there are 5 branches of The Asprey shop in Japan.)

Tokyo is one of the most intense battlegrounds for the Beatles tribute bands in the world. In such a competitive market, The Asreys have gradually built up their reputation with their acclaimed sound, look and lively performances and eventually succeeded in playing to full houses.

Encouraged by their fans, The Aspreys have now decided to perform at this year's Beatle Week in Liverpool.

The members are all experienced musicians - Kiyohiro 'Lenny' Kamei (as John), Kenji Kubo (as George), Yuki Kikuchi (as Paul) and Takashi 'Anchan ☆' Sugisawa (as Ringo).

We hope that you will witness The Aspreys' accurate resemblance to the Beatles by their costumes, hair style, musical instruments, the way they perform and even their subtle movements on the stage.
You will also feel how much they respect the Beatles and how thrilled to be performing in the "holy place = Liverpool".

Have a blast together with the Aspreys!

http://music.geocities.jp/theaspreys/
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昼過ぎ、今年臨時スタッフとして手伝てもらうなおちゃんと1年ぶりの再会。
アスプレイズのファミリーや友人、合計14名もの大所帯を1週間コーディネートするのは、僕1人ではどうしても無理がある。去年はミナコさんとイアンさんに大活躍してもらったが、今年は2人とも超多忙なので、手伝ってもらうことはほとんど不可能…。
そこで、アスプレイズの知り合いで去年の「スカウスハウス・ツアー」に参加してくれたなおちゃんに、臨時スタッフとして来てもらうことにしたのだ。
なおちゃんはまた、アスプレイズとスカウスハウスを結びつけてくれた人でもある。ちょっと「ぽわん」としたところもあるけど、英語は堪能だし、何より若くてカワイイので、僕としては非常に嬉しい存在なのだ。

夜7時。
なおちゃんと一緒にコーチに乗って、マンチェスター空港へアスプレイズご一行を迎えに行く。
彼らのフライトは20時40分着。ほぼ定刻どおりだった。
チャーターしていたコーチに乗って、リヴァプールへ向かう。車中でフェスティヴァルのチケットやリストバンドを配って、ライヴやイヴェントの楽しみ方や留意事項などの説明をする。

11時すぎに最終目的地<ハード・デイズ・ナイト・ホテル>に到着。
全員が同じ宿というわけではなく、3ヶ所のホテル(&学生寮)に分かれていたために、かなり時間がかかってしまった。
希望者だけ再集合して、マシュー・ストリートを歩き、セントラル駅前のチッピー<ロブスター・ポット>で夜食。そしてハノーヴァー・ストリートとウッド・ストリートの角にあるアイリッシュ・パブ<オネイルズ>でささやかに乾杯した。

ギネスを飲みながら、アスプレイズのメンバーたちの顔を眺める。
長年の夢だった舞台を目前にして、ほんの少しナーヴァスな様子はあるけれども(当然だ)、ワクワク感の方が遥かに勝っているようだ。誰もが自信のある、頼もしい顔をしている。
きっとベストのパフォーマンスを見せてくれるはず。そして、世界中から集まるビートルズ・ファンや地元リヴァプールの人たちを熱狂させてくれることだろう。
さあ、いよいよ本番だ!

NLW No.361に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月22日(金)・その1】NLW No.362に掲載)

【8月22日(金)】

朝8時45分、ツアー参加者の半数以上が泊まっている<ハード・デイズ・ナイト・ホテル>に集合。
昨晩遅くの到着だったのであんまり寝てないはずだけど、みなさん爽やかな顔をしている。これからの5日間が楽しみで仕方がないという表情だ。

9時ちょうどに、<ぶらぶらウォーク〜シティ・センター編>に出発。
リヴァプール中心部の名所やビートルズ・スポットを詳しく案内する毎年恒例のウォークツアーなのだが、今日はショート・ヴァージョンでの実施となった。
12時からアスプレイズのギグがあるので11時過ぎには終わらないといけないのと、日用品の買い物や両替などを希望する方々への対応のためだ。

マシュー・ストリート近辺で1時間近くガイドをして、<ジャカランダ>へ。
スタッフのドットと1年ぶりの再会。相変わらず元気そうだ。開店前だがもちろん快く受け入れてくれた。
かつてビートルズが演奏し、ジョン&スチュの描いた壁画が残っている地下へ降りようとすると、「カズ、これは持ってかなくていいのか?」とドットが言う。彼女の手にはデッキブラシが握られている。トイレ掃除などでよく使う、竹の柄の先に緑色のブラシがついたやつだ。

一瞬何のことか分からず「ん??」という顔をすると、ドットはあきれたような表情をした。
「やれやれ、鈍いねえ。ほら、ビートルズのステージで要るもんだろ」

ビートルズが歌っていた当時、この店にはマイクスタンドがなかった。そこで彼らは、モップやデッキブラシにマイクをくくりつけ、演奏中はそれをガールフレンドたちに持たせていたという…。
今からガイドをする僕にドットは、このデッキブラシを小道具に使えと言ってくれていたのだった。
「うわあ、そうだったそうだった! もちろんありがたく使わせてもらうよ。ありがとう!」

地下をひととおり案内した後で、ドットにアスプレイズを紹介する。
店にフライヤーを置いてもらうように頼むと、二つ返事でOKしてくれた。
そしてあんちゃんがアスプレイズのオリジナルTシャツをプレゼントすると、「明日はこのTシャツを着て仕事をするよ。ライヴも観に行けたら行くし」と言ってくれた。ほんとにありがたい。

店の1階をぐるっと見学して帰ろうとすると、ドットがまた不思議なことを言う。
「カズ、<ヒービージービーズ>で月曜日に演奏しないかってグラハムが言ってるけど」
「ヒービージービーズ?」
「そう。知ってる?」
「あの新しいライヴハウス?」
「そう」
「グラハムって?」
「ここのオーナーのグラハムだよ。ヒービージービーズも経営してんの」
ドットが指さす先を見ると、そこにグラハムさんがいた。いつの間に!?

「わあ、グラハムさん、こんにちは。久しぶりです」
「やあカズ、君のバンド、月曜日の都合はどうだい? 7時なら空いてるんだが」
「月曜日ですか…う〜ん、ギグの予定はないんですけど、レストランを予約しちゃってるんですよ。もうちょっと早い時間じゃダメなんでしょうね?」
「そうだな、ちょっと無理だな」
「う〜ん残念。ごめんなさい」
「いいさ。また来年おいで」

地元で人気のライヴハウス、ヒービージービーズで演奏するチャンスを逃すなんて、もったいないといえばもったいない。
しかし、アスプレイズにはこれからの4日間で7本のギグが待っている。
かなりのハード・スケジュールだ。これ以上増やせばきっと負担になっただろう…。
うん、これでいいのだ。<ビートル・ウィーク>に集中して、全力投球をしてもらおう。

● ● ●

アスプレイズのファースト・ギグは、キャヴァーン・クラブのフロント・ステージで昼12時にスタートする。
30分前に会場入りすると、オープンしたばかりの店内には、まだお客さんはほとんど入っていない。ステージ脇にはPAのスタッフの姿はあるものの、ギグを仕切るMCはまだ来ていないようだ。
もちろんこれは予想通り。<ビートル・ウィーク>のキャヴァーンといえば「ぎゅうぎゅうで汗だく」というイメージがあるが、さすがに金曜日の昼一番のステージはこんなものだ。我々としては、この方がありがたい。
これはアスプレイズ初の海外遠征の、最初のステージなのだ。プレッシャーのかからないこういう状況でできるだけ多くの収穫を得て、この先にいくつも待っている大きな舞台で爆発してもらったらいいのだ。

彼らが選んだ記念すべきオープニング・ナンバーは<サム・アザー・ガイ>。その頃までには、オーディエンスの数は50人くらいに増えていた。
実は僕が彼らのステージを観るのは、これが初めてだった。もちろん映像では観ていたし、かなりいいバンドだとは思っていたけれど、想像以上だった。何よりも音に迫力があるのがいい。
ジョン役のレニ―さんの声の艶、ジョージ役の久保さんのギターの音色、ポール役のユウキの初々しさ、そしてリンゴ役のあんちゃんの驚異的な「リンゴ度」。4人4様の魅力が実にうまくブレンドされていて、観ていてとても気持ちがいい。
しかも、アクセルを目一杯踏んでいるわけではなく、「まだまだこんなもんじゃないだろうな」と余力が感じられるところが頼もしい。明日以降が楽しみだ。

面白いことに、彼らは12曲しかセット・リストを決めていなかった。普通に演奏すれば35分で終わってしまう。持ち時間は45分だから、10分以上はあまってしまうはずだ。彼らはどんな計算をしたのだろう…?
案の定というか、残り1曲というところで僕が「あと5曲!」と叫ぶと、みんな一様に動揺していた。
しかし彼らは、少々慌てながらもその場でパパパッと曲を決めて、最後まで演奏した。アンコールにもしっかり応えた。

きっと普段のステージではトークの時間が長いのだろう。
日本語の通じないこのステージでは、トークで間を持たすのはなかなか難しい。ほとんど不可能といってもいい。
それにも関わらず、久保さんは積極的に話そうとしていた。英語は無茶苦茶だったし、それが爆笑を誘っていたけれど、一生懸命何かを伝えようとする姿勢はとても印象的だった。
以後、この久保さんのハチャメチャ英語トークが、アスプレイズのギグの大きな特徴となる。

NLW No.362に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月22日(金)・その2】 NLW No.364に掲載)

海外での、リヴァプールでの、そして<ビートル・ウィーク>での記念すべきファースト・ギグを終えて、マシュー・ストリートで一息ついているアスプレイズのメンバーに、会場から出てきた人々からひっきりなしに声がかかる。
サインをせがまれたり、一緒に写真に納まったりと、たいへんなモテようだ。
みんなきっと、アスプレイズに特別な親しみやすさを感じたのだろう。彼らのステージを観たオーディエンスの全員がファンになってしまったんじゃないだろうか。

よく見ると、去年のバンド<水割り>のギグでも見た顔がいくつかあった。
金曜日の昼一番というマイナーな時間帯から考えると、たまたまここに居合わせたのではなく、プログラムをチェックしてわざわざ観に来てくれたのかもしれない。
「フロム・ジャパン」のバンドの演奏を毎年楽しみにしてくれているのだとしたら、とても嬉しい。

その後はアスプレイズのあんちゃんの希望で、<キャヴァーン・ウォークス>の中にある<ビートウエアー>という店を案内した。
ビートルズ・モデルの衣装やブーツがずらりと並ぶこのお店で、あんちゃんはたしかブーツを4足購入。他のメンバーもいくつか買った。
僕はよく知らなかったのだが、日本では望めない品揃えのうえ、日本で買うよりもかなり安いのだそうだ。ちなみにブーツはみんなメイド・イン・イタリー。

● ● ●

2時すぎ。
タクシーに分乗し、予定より30分以上遅れて<イー・クラック>に到着。
毎年恒例の<スカウス・ランチョン>だ。今年は大鍋をそのままテーブルにどーんと置いて、セルフ・サーヴィスにしてくれた。何杯でもおかわり自由のお得な昼ごはんとなった。

ランチョンの後は、歩きながら<アデルフィ・ホテル>に移動。
途中で朝の<ぶらぶらウォーク〜シティ・センター編>のつづきとして、ジョンの生まれた産院や<フィルハーモニック・パブ>など、いくつかのビートルズ・スポットを案内した。

● ● ●

4時。
<ペニーレーン&ウールトン・ミニバスツアー>に出発。
しかし何と言うことか、チャーターしたバスの運転手は、リヴァプールの道をよく知らないのだった。これにはびっくり。なんで??
「ふん、ガイドは要らない、ドライヴァーだけ乗ってればいいってお前がリクエストしたんだろう?」
とドライヴァー。55〜60歳くらいの、大柄でエラそうなおっちゃんだ。
「そりゃビートルズ・ガイドは要らないって言ったけど、道ぐらい知ってるドライヴァーが来ると思うじゃん」
「知らんもんは知らん。で、どうするんだ? ドライヴァー代えろったって無理だぞ」
「……。いいよいいよ、わかったよ、僕があんたをガイドするよ」
「お前さんが? できんのか?」
「さあね。とにかくやってみるさ」

やれやれ、エラいことになってしまった。
お客さんたちにガイドをするだけでもたいへんなのに、バスの運ちゃんにも道案内をしないといけないなんて…。
そりゃあ何度も通った道だけれども、完璧に記憶している自信はない。地図も持ち合わせてない…。
でもとにかくやるしかない!

この道まっすぐ走って…はい、そこを右に曲がって…その辺で停めて、しばらくあっちで待っててくれる?…という感じで、車での移動中は
ずっとフロントガラスにへばりついてのツアーになった。
うろ覚えに近いような記憶だけが頼りだったが、なんとか最後までだいじょうぶだった。意外に覚えているもんだ。自分でも驚いた。
最初は半分シラけ気味だった運ちゃんも、だんだんと僕のことを信用してくれるようになり、途中からはずいぶん協力的だった。

ツアーのルートはこんな感じだ。
<ディングル(リンゴの家2つ、エンプレス・パブ)〜ペニー・レーン(ラウンドアバウト、ジョンの家)〜ウールトン(ジョンの家、St.ピーターズ教会、ウールトン・パス、ハリエットおばさんの家、ダービーアームズ・パブで休憩、ストロベリー・フィールド)〜ジョージの家>

ツアーは予定通り3時間ぴったりで終了。みんなから集めたチップを渡すと、運ちゃんはさらに上機嫌になった。

● ● ●

7時半からはレストラン<ハート&ソウル>でディナー。
ミナコさん&イアンさんが懇意にしている素晴らしくセンスのいいモダン・ブリティッシュなレストランだ。もちろん、ミナコさん&イアンさんにも参加してもらった。
しかし総勢17名が個々にオーダーしてしまったため、料理のデリヴァリーにはかなり時間がかかってしまった。
ちゃんとしたレストランなので、料理は全員が同時に食べられるようにサーヴされる。そんなに大きなレストランではないので、コックは2人か3人だろう。出来上がりの時間を揃えて17人分の料理を作るのはものすごくたいへんで、至難の業だと思う。

結果として、スターター、メインコースともに1時間くらい待たなければならず、それが一部の人から厳しいクレームをいただくことになってしまった。
たぶん、強引にでもメニューを絞るべきだったのだろう。スターターとメインコースを区別せず、少ない種類の料理を数皿ずつオーダーして、出来上がった順に持ってきてもらうようにすればよかったのだろう…難しいものだ。

● ● ●

レストランを出たのは、午後10時ごろ。
アデルフィとキャヴァーンではライヴが真っ盛りの時間だが、全員が今日はもう宿に帰ってゆっくりするということだった。明日からがアスプレイズのライヴの本番だから、無理もない。
アスプレイズのみなさんをハード・デイズ・ナイト・ホテルへ送ったあと、そのまま帰って寝るのもつまらないので、ひとりでキャヴァーンへ。

フロントのステージでは、ちょうどスウェーデンのローリング・ストーンズ・バンド<ロックス・オフ>が演奏していた。曲は<リトル・レッド・ルースター>。さらに次は<アラウンド・アンド・アラウンド>。そう、これはもうまるで、《ラヴ・ユー・ライヴ》C面の世界である。1977年(だったっけ?)のトロント、エル・モカンボが、2008年のリヴァプール、キャヴァーン・クラブで再現されているのだ。無茶苦茶シブカッコいい。イエーー! 

ロックス・オフはこの2曲で切り上げてアデルフィへ。
もうライヴは終わっているはずのボールルームは、意外にも満員だった。中では超メジャー・バンド<アメリカン・イングリッシュ>のステージが進行中だ。観たかったなあ、残念だなあと、さっきアスプレイズのみんなと話していたライヴなんだけど…あれれ??

よく見ると、会場のそこここに張り紙がしてある。
「10:15pmスタートのAmerican Englishのギグは、ポール役のパリからのフライト遅延の影響で11:15pmスタートに変更します」

うわ、なんちゅうラッキー!
今年の<ビートル・ウィーク>最初のメインアクトを見逃さずに済んだのだ。いつも思うんだけど、このフェスティヴァルでは、どれだけ疲れていても好奇心には素直に従った方がいい。そうすれば、こういう嬉しいサプライズに恵まれることになるのだ。

アメリカン・イングリッシュは、「1972年のビートルズのコンサート」というテーマで、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴのソロ・イヤーをフィーチャーしたナンバーを次々に披露していく。
もう日付も変わった深夜に繰り広げられるおそろしくハイレヴェルな演奏を前に、「ああ今年もビートル・ウィークが始まったんだなあ」という実感がやって来た。
明日から…いやもう今日か、とにかく元気を出してがんばろう!

NLW No.364に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月23日(土)・その1】 NLW No.370に掲載)

【8月23日(土)】

今日もすばらしい快晴。
7時半ごろに起きてラウンジに行くと、すでにツアー参加者の1人、カンちゃんが窓辺のソファでくつろいでいた。片手には缶ビール。
「うわ、もう呑んでる!」と僕。
「もう最高ですよ。これがやりたかったんですよね〜。だって朝からビール。しかもリヴァプールの景色を見ながらですよ。普段の生活ではかんっがえられない。ほんと夢みたい。こんなゼイタクはないっすよ」

ご満悦のカンちゃん。確かに、言われてみればそのとおりかもしれない。朝から好きなビールが飲める。目の前には何年も思い続けていたマージー河やライヴァー・ビルディングが現実の風景として存在している。そう、それだけでじゅうぶんに幸せなことなのだ。

僕もカンちゃんに付き合ってビールを飲みたいところだったが、さすがにそいういうわけにも行かない。
ライム・ストリート駅の<マークス&スペンサー>で朝ごはんを買ってきて急いで食べて、タクシーに乗ってキングズ・ドックのホテル<ジュリーズ・イン>へ。
スカウス・ハウスのお客さん・Uさんに会って、今日アンフィールドで行われる<リヴァプールvsミドルスブラ>のチケットを手渡す。なんと、フランス在住のお母さんと、日本から休暇でやって来た娘さんだった。娘さんがレッズの大ファンで、お母さんは付き添いとのことだったが、娘さんよりお母さんの方がはるかにウキウキして楽しそうだ。

今日のこのマッチは、プレミアリーグ開幕第2戦だが、リヴァプールにとっては今季のホーム開幕戦となる。
スカウス・ハウスの取材としても価値のある試合だし、個人的にもぜひとも観たい。いちおう自分用にも1枚チケットを手配していたのだが…。

キックオフは午後3時。5時からのキャヴァーンでのアスプレイズのギグにはどうしたって間に合わない。前半だけ観戦して急いで帰って来ることも考えたが、会場入りの準備などを考えると、それでも時間が足りない。泣く泣くあきらめるしかなかったのだった。

Uさん母娘には、
「よかったら試合の後でマシュー・ストリートのキャヴァーンに来てくださいね。アスプレイズっていう日本のナンバー1・ビートルズ・バンドが演奏しますよ」
と、しっかりPRして別れた。

● ● ●

9時45分。ハード・デイズ・ナイト・ホテル(以下HDNH)へ。
今日の午前中は、アメリカ・インディアナポリスから来ているドキュメンタリー・フィルム製作会社が、アスプレイズのインタヴューを収録することになっている。
その会社<アクト・ナチュラリー・プロダクションズ>(以下ANP)からは、主催者の<キャヴァーン・シティ・ツアーズ>経由で今月初めにコンタクトをもらっていた。
《ビートル・ウィーク2008》に出場するバンドのドキュメンタリー・フィルムを製作するので、インタヴューに協力してほしい、という依頼だった。
もちろんアスプレイズだけではなく、今年ビートル・ウィークに参加するほとんどのバンドが対象だ。

担当のアシュレーさんとは2日前にアデルフィ・ホテルで会って、打ち合わせをした。
インタヴューの収録場所を当初予定していたキャヴァーンではなく、ストロベリー・フィールドに変更させてほしい、と言われて、もちろん快諾した。

アスプレイズのメンバーと一緒に、集合場所のアデルフィ・ホテルへ。
アスプレイズはステージ衣装を着て、楽器も持参だ。
撮影スタッフと合流してストロベリー・フィールドへ向かう。他のバンドも一緒なのかと思ったらそうではなく、このインタヴュー・セッションは我々だけのためのものだった。
アスプレイズのメンバーと、通訳としてなおちゃんとT氏に、撮影隊のバンに乗ってもらった。
僕は、バンドの写真撮影担当の久保夫人とマネージャー的な役割をしているHさんと一緒に、ホテルの横からタクシーに乗って現場に向かうことにした。

このタクシーが実にリヴァプールらしかった。
行き先がストロベリー・フィールドだと聞いて、若いドライヴァーは気を利かせてBGMをビートルズに代えてくれた。
それにすぐさま反応した久保夫人とHさんが、曲にあわせて大きな声で歌い出す。もちろん僕も一緒に歌った。

<ラヴ・ミー・ドゥ><フロム・ミー・トゥ・ユー><シー・ラヴズ・ユー><抱きしめたい><キャント・バイ・ミー・ラヴ>と続く。おそらく《ビートルズ1》がかかっているのだろう。
上機嫌で歌う我々。バックミラーにうつるドライヴァーの兄ちゃんの顔も嬉しそうだ。冗談のつもりで「マイクないの?」と訊くと、「あるよ」という返事。なんと、シートの両サイド、ドアの横っちょに会話用のマイクがついているではないか。なるほど〜。
そのマイクに向かって、ますます大声を張り上げる我々。最高に楽しいカラオケ・タクシーだった。

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ストロベリー・フィールドでのアスプレイズのインタヴュー収録は、あまりスムーズには行かなかった。
あの赤い門の前に4人と通訳のなおちゃんが並んで、ANPのスタッフの質問に答えるのだが、質問もありきたりならそれに対する答えもありきたりで、さらには通訳が入るものだから余計にありきたりな答えになってしまった。今思い出そうとしてもまったく何ひとつ思い出せないくらいだ。
さっぱり盛り上がらず、おそらくそこにいる全員が、「こりゃあちょっとマズいんじゃないの??」という気持ちになっていた。

困ったなあと思っていると、大きな観光バスが門の横に停まり、大勢のツーリストが降りてきた。
これではインタヴューどころではない。ツーリストたちはアスプレイズのインタヴューの邪魔になるし、アスプレイズはストロベリー・フィールドで写真を撮りたいツーリストたちの邪魔になる。
苦肉の策というか何というか、ANPのプロデューサー・ジョンのアイデアで、アスプレイズに歌ってもらうことになった。アカペラでの<Nowhere Man>。これがツーリストたちに大いにウケた。そこにいる全員での大合唱となったのだ。

さらに、リヴァプール名物の<Magical Mystery Tour>のバスも到着。
ツーリストの数はさらに増える。
ANPのジョンはこの時点でインタヴュー収録をあきらめ、今度はアスプレイズに楽器を持って歌うように指示。<She Loves You>の大合唱がストロベリー・フィールドに響きわたった。

これにて取材は終了。インタヴューは空振りに終わったが、ドキュメンタリー・フィルムとしては素晴らしい映像になったことだろう。まさに結果オーライ。途中までのがっかりした表情はどこへやら、ANPの取材陣全員が嬉しそうだった。

● ● ●

来たときと同じように、アスプレイズはANPのバンに乗り、僕は久保夫人とHさんと一緒にメンローヴ・アヴェニューでタクシーをひろってシティ・センターに戻った。
このタクシーのドライヴァーもやはり話し好きで(この街に話し好きでないタクシー・ドライヴァーっているのだろうか?)、アスプレイズのことなどをいろいろしゃべっているうちにいつの間にかHDNホテルに着いていた。

HDNホテルのロビーには、ツアーの参加者のみなさんが顔をそろえていた。
早速ストロベリー・フィールドでの取材のことを報告したのだが、そこでタイヘンなことに気がついた。
ヒップポケットに入れていたデジタルカメラがないのだ!
さっき降りたタクシーの座席に落としてしまったとしか考えられない。慌ててホテルの表に出るが、もちろんそこにはもうタクシーはいない。もしかしてと思って30mほど先にあるタクシー乗り場に行き、3台停まっているタクシーの運転席をのぞき込む。残念ながらお目当てのドライヴァーはいなかった…が、その3台目、いちばん先頭のタクシーは、なんと朝のカラオケ・タクシーだった! 
何という偶然だろう。ドライヴァーの兄ちゃんもびっくりしている。お互いに大笑いしてしまった。

その兄ちゃんに、
「さっき乗ったタクシーの座席にカメラ落としちゃったんだけど、どうしたらいいと思う?」
と訊いてみる。兄ちゃんの答えは予想通りのものだった。
「う〜ん、それはどうしようもないだろうな。気の毒だけど」

やっぱりそうだよね、と答えて、HDNホテルに戻る。
まさかこんなことになるなんて…。
カメラも惜しいけど、この何日かで撮影した写真を失ってしまうことの方が何倍もショックだし、悔しい。
ツアーのコーディネートも大切な仕事だが、フェスティヴァルの様子をウェブサイトやメールマガジンで伝えるのも同じくらいに大事な仕事だ。そのためには写真は必要不可欠なのだ。

しかしクヨクヨしている時間はない。
これからお客さんをウィラルでのコンサートに案内しないといけないし、夕方からはアスプレイズのギグがある。

自分の不注意なんだし、起きてしまったことはしょうがない。カメラは明日にでも買いに行こう。失った写真のことはあきらめよう。さあ、切り替えて目の前の仕事に全力投球だ!
そう自分に言い聞かせる。でももちろん、「もしかしたら戻って来るかも」という希望は、しっかりと心の片隅にキープしておいた。

NLW No.370に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月23日(土)・その2】 NLW No.373に掲載)

12時半ごろ。
ツアー参加者のみなさんと一緒に、マージー河の向こう、ウィラルに向けて出発した。
僕を入れて8人のスカウス隊。バンドメンバーを含む6人の人は、夕方のギグにそなえてシティ・センターに残った。

ウィラルでは、《I Am The Wirral》と題して、4つの会場で同時進行でライヴ演奏が行われている。そのうちで最も大きい<Pacific Road>というライヴハウスでは、アメリカの大物バンドAmerican Englishがステージに立つ。昨日の深夜にアデルフィ・ホテルで僕が観たバンドだ。他のみなさんは観のがしたことを残念がっていたので、これはちょうどいい、ぜひ行ってみようということになったのだ。

ジェームズ・ストリート駅からマージーレイルに乗った。マージー河の下のトンネルをくぐって、1つ目の駅、ハミルトン・スクェアで下車。そこから歩いて3分のところに<Pacific Road>はあった。
入口には<キャヴァーン・シティ・ツアーズ>のダイレクター、デイヴさんがいた。入場者のチケットをチェックしている。

僕:「やあ、デイヴさん。ここでもお会いするとは! 忙しそうですね」
デイヴさん:「カズ、忙しくはないさ。こうやってボ〜っと立ってるだけだしな」
僕:「(ツアー参加者のみなさんに)みなさ〜ん、チケット出してくださいね〜」
デイヴさん:「ああいいよいいよ、カズんとこのお客さんだろ。入って入って」
僕:「いいの、デイヴさん? いい加減だなあ」

デイヴさんには今朝、アデルフィ・ホテルでも出会った。
「カズ、君んとこ何人だっけ?」
と言いながら、持っていた箱に手を突っ込んで、デイヴさんはぐちゃっとした赤いゴムのかたまりをひとつかみ差し出した。
受け取りながら、何だろうと思ってよく見ると、それは、3年前のストロベリー・フィールドのチャリティ・リストバンドなのだった。
「うわあ、デイヴさんありがとう!」
あとで数えてみると20個くらいあったので、もちろんツアーやバンドのみなさんに配ることにした。
 
ステージでは、Instant Karmaが熱演中だった。
バンド名からも分かるように、ジョン・レノン専門のトリビュート・バンドだ。シカゴから毎年このフェスティヴァルにやって来る6人組バンドで、パワフルな演奏には定評がある。もちろん、ものすごく上手い。

続いて、American English。昨日と同じようなステージ構成だ。「1972年のビートルズのコンサート」というテーマで、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴそれぞれのソロ・ナンバーを順番に演奏して行く。

コンサートを観ながら、失くしてしまったカメラのことを考えた。
常識的に考えれば、戻って来る可能性は限りなく低いだろう。でも、落としたのがバスや電車などの公共交通機関ではなく、タクシーの車内だというところに、一縷の望みがあるような気がした。

もしあのドライヴァーが、後部座席にあるはずのあのカメラにすぐに気がついたら…そして僕が落としたことに思い当たったら…さらに、彼が親切で責任感があって、面倒なことも厭わない性格なら…僕がタクシーを降りたHDNホテルに届けてくれる…かもしれない。

あのドライヴァーとはいろいろ話をしたし、降りるときにはチップも渡した。それに、Hさんが用意していたアスプレイズのフライヤーを1枚あげたんだった。「ギグのスケジュールがここに書いてあるから観に来てね!」と言って…。
うん、これはひょっとするとひょっとするかも。希望はあるんじゃないかと思えてきた。

American Englishのステージが終わったのが午後3時すぎ。《I Am The Wirral》はまだまだ続いているけれど、我々はそろそろリヴァプールに戻らなければならない。アスプレイズのギグが待っているのだ。
Instant KarmaとAmerican English。おそろしくハイレヴェルなステージをピンポイントで堪能することができたのは、実にラッキーだった。

リヴァプールに来たからには、やはり<Ferry Cross the Mersey>は体験してもらわなければ! ということで、帰りはマージーフェリーに乗ることにした。
眺めは素晴らしいし、フェリーに揺られながらカモメと一緒にマージー河を渡るのは、なんとも言えない感慨を覚えてしまう。到着時に流れるジェリー&ザ・ペースメイカーズの<Ferry Cross The Mersey>も実に効果的で、何度聴いても感動させられる。
もちろん僕だけじゃなく、みなさんにも大好評。予想以上のヒットだった。めでたしめでたし。

4時半、HDNホテルでアスプレイズと合流して、キャヴァーン・クラブ<バック・ステージ>の楽屋へ。
時間に余裕があったので、ひとりでHDNホテルに戻り、レセプションのスタッフにカメラのことを尋ねてみた。
僕:「あのう、実はカメラをですね、タクシーに落としてしまって、えーともしかしてそのタクシーのドライヴァーがここに届けてくれてたりなんかしてないかなーなんて思って…」
レセプション:「ああ、カメラね。そのドライヴァーから電話があったよ。電話番号も預かってる。電話してあげようか?」
僕:「わお! ぜひぜひ!」
レセプション:「(電話が終わって)今ね、彼はアンフィールドなんだって。試合が終わったら届けてくれると言ってたよ。よかったね」
僕:「スバラシイ! どうもありがとう!」

なんちゅうこっちゃ。こんなに願いどおりの展開になるなんて!
それにしても面白いものだ。あのドライヴァーは今アンフィールドでレッズの応援をしているのだ…。
カメラが戻って来ることも嬉しかったが、彼がレッズ・サポーターだということにも不思議な感動があった。
さすがリヴァプールだ。街も、フットボール・クラブも、ほんとうに最高だ。
ウェヘヘ〜イ!

NLW No.373に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月23日(土)・その3】 NLW No.381に掲載)

17時<キャヴァーン・バック>、そして19時<キャヴァーン・フロント>。
アスプレイズにとって正念場ともいえる、2本連続のギグが始まった。

この2本は、全7本のギグの中での最重要ポイントだった。
昨日の昼のファースト・ステージを「半分リハーサルのように」使ってもらったのは、今日のこの2本のためだ。
バンドには事前に、「とにかくこの2本に照準を合わせて全力投球を」とリクエストしていた。
それはこういうことだ。

フェスティヴァルが佳境を迎える日・月曜日にたくさんのオーディエンスを呼ぶためには、土曜日のステージが大事になる。初出場で知名度も実績もない、アスプレイズのようなバンドにとっては、なおさらだ。
もっと遅い時間の方が盛り上がるが、時間帯は決して悪くない。フロント、バックあわせて200〜300人くらいは集まるはずだ。キャヴァーンでのこの2本でオーディエンスのハートをつかむことができれば、明日からのギグにはリピーターがわんさか押し寄せて、大盛況になる。必ずそうなる。その時点でアスプレイズの成功は約束されたも同然である。

しかしもちろん、その逆のパターンもじゅうぶんにあり得る。
2つのステージは同時進行なので、もう1つのステージで演奏しているバンドの方が魅力的なら、オーディエンスはアスプレイズに見切りをつけて、向こうに流れて行ってしまう。
もしそういうことになってしまったら…明日からのギグは一見さんばかりの、あまり盛り上がらないものになるかもしれない。
このフェスティヴァルには素晴らしいバンドが山ほど集結している。つまらない演奏を何度も観に来るオーディエンスはいない。

昨日は引き分けでオッケーだった。でも、今日のダブル・ヘッダーは絶対に2つとも獲らなければならない。全力で勝ちに行こう。
オーディエンスには、「アスプレイズは1回観たからもういいや」とは言わせない。何がなんでもノックアウトして、「次のギグはいつ、どこであるんだ?」と言わせてやろうじゃないか。

● ● ●

そして結果は大成功だった。
どちらのライヴも、演奏が進めば進むほどオーディエンスが増えて行き、最後にはほぼ満員の状態になった。大歓声と大きな拍手を浴びながら、笑顔で2つのステージを締めくくることができた。
お客さんの密着度や熱狂度はまだまだマックスとは言えないけれど、土曜日であることや、時間帯や天候(夕方からは雨模様だった)を考えれば、これ以上を望むのは欲張りというものだ。

アスプレイズは期待通りの、いや、期待以上に、気合の入った素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。
2本目の<キャヴァーン・フロント>では、余裕や貫禄すら感じさせるほどだった。
もう彼らは<ビートル・ウィーク>の新人バンドではない。
もちろん彼らの特徴であるファニーなトークも、爆笑を誘っていた。客を楽しませながら、彼ら自身も楽しんでいるようだった。
4人のキャラクターは見事なくらいにバラバラなのに、グループとしてのまとまりは抜群で、オーディエンスを自然に巻き込むようなグルーヴがある。<Eight Days A Week>や<Don't Let Me Down>での大合唱はちょっと感動的だった。

アスプレイズも僕も、「やるべきことはやった」という充実感を胸に、キャヴァーンの階段を上った。もう雨はやんでいた。
明日からのステージはどんなものになるのだろう。
今日のオーディエンスたちに再び会えるだろうか…いや、きっと会えるはずだ!

● ● ●

朝にサッカー・チケットを渡したUさん母娘は、約束通りアスプレイズを観に来てくれていた。
試合はどうでした、と尋ねると、サッカーのことはぜんぜんわからないと言っていたお母さんの方が、興奮を抑えきれない様子で教えてくれた。
「もう蹴っても蹴っても蹴っても入らなくて1点負けててああもうどうしよーってところでね、あの人が決めたの!」
「キャラガーです」と娘さん。
「それでね、もう引き分けだわ、ああもうどうしよーってところで、最後の最後に今度はあの人が決めたのよ!!」
「ジェラードです」と再び娘さん。

キャラとスティーヴィーのゴールが見られて、しかもロスタイムでの逆転勝ちだなんて、レッズ・ファンにとっては一生ものの観戦体験になったことだろう。
僕も観たかったなあ…。

Uさん母娘も含めて、ツアー・メンバー全員でヴィクトリア・ストリートの<シャングリラ>へ。
毎年利用するチャイニーズ・レストランだ。6月のポールのコンサートのときにも来たので、マネージャーは僕のことを覚えていてくれた。
前にも書いたと思うけど、この広東料理のレストランは、ロケーションがとてもよくて料理も実に美味しい。そのうえ、スタッフがみんな信じられないくらいフレンドリーなのだ。
サーヴィスの概念が違うのか、だいたいチャイニーズ・レストランではスタッフは無愛想なところが多い。リヴァプールには、少し離れたところにヨーロッパ最古と言われる中華街があるけれど、わざわざそこまで行く必要はない。シティ・センターに素晴らしいチャイニーズ・レストランが何軒もあるのだ。

● ● ●

夕食のあとは、マスターやカンちゃんと<ロイヤル・コート・シアター>でのコンサートへ。
スウェーデンの素晴らしいバンド<ペパーランド>だ。
5人組みのバンド、プラス、4人の女性によるストリングス。美しい演奏で最後まで観ていたかったが、僕だけ途中で退席した。

マスターとカンちゃんはこんな会話をしていたそうだ。
「あれ、カズさんもう帰るんだ」
「さすがに疲れてるんだろうねー」

はい、疲れてます。
疲れてるけれども、まだ休めないのですよ。
もう11時だけど、まだ仕事が残っている…。

仕事というのは洗濯。
なおちゃんに頼んで、アスプレイズのステージ衣装を持って帰ってもらっていた。
それを宿のコインランドリーへ。何しろ1ステージ演奏しただけで汗でびしょびしょ、2ステージもそれで通せばちょっとそばに寄りたくないような状態になるのだ。洗濯をしないわけには行かない。

しかし洗濯には当然ながら時間がかかる。洗うのに30分、乾燥に40分くらい。
乾燥を待つ間を利用してアデルフィへ。このホテルのバーやパブ4ヵ所で、朝の4時ごろまでライヴが行われている。
僕が行った時にはちょうど、女性だけのビートルズ・バンド<キャヴァーン・キトゥンズ>が演奏していた。なかなかパワフルなステージだった。
午前1時半からはアメリカの<インスタント・カーマ>、2時半からはスウェーデンの<ロックス・オフ>といった超メジャー・バンドが登場することになっているが、残念ながらそこまで付き合う体力も気力も残っていない。もんのすごく盛り上がるのは確実なんだけど…。

おとなしく宿に帰って、アスプレイズの衣装や下着を畳んで、シャワーを浴びて寝た。それでも1時をとっくに過ぎていた。

NLW No.381に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月24日(日)・その1】 NLW No.386に掲載)

【8月24日(日)】

コンヴェンション・デイ。すがすがしい青空が広がっている。
今日はメイン会場のアデルフィ・ホテルで、午前10時から明日の明け方まで、恒例の<Beatles Convention>が開催される。
我々のスケジュールも結構忙しい。アスプレイズは13時のキャヴァーン・パブ、17時のアデルフィ・ホテル、そして午前0時にふたたびアデルフィ・ホテルと、合計3本のギグがある。その合間に、<Mendips & 20 Fothlin Road Tour>やパブ・ツアー、コンヴェンションの会場めぐりなどが入る。

9時20分、Hard Days Nightホテルに集合して、アルバート・ドックの近くにあるIbis Liverpoolホテルへ出発。
ジョンの家<メンディップス>とポールの家<20フォースリン・ロード>を見学するツアーに参加するためだ。通常はシティ・センターからの出発なのだが、今日は交通規制が敷かれているため、少し離れたIbis Liverpoolが集合ポイントとなった。

ツアーには、僕となおちゃんを除く14名が参加。ミニバスの定員ぎりぎりいっぱいである。毎年のことだけど、スカウスハウスの貸し切りみたいな状態になってしまった。
アスプレイズの4人には、ステージ衣装でツアーに参加してもらった。
ツアーの終了は12時半で、ギグの予定は13時だから、終わったあとに着替えていたら間に合わないのだ。

さて、12時すぎ。
HDNホテルのあんちゃんの部屋にひとまとめにしておいた楽器を、なおちゃんと2人でキャヴァーン・パブに搬入。ギター&ベースが計4本に、ドラムの荷物があるから、これが結構かさばるし、非常に重い。距離が近くでほんとうに助かった。
まだ前のバンドが演奏している。PAスタッフに「アスプレイズの到着はぎりぎりになるよ」と伝えて、念のためになおちゃんをIbis Liverpoolに派遣した。

アスプレイズは12時50分に到着。すぐに準備をして、ギグはちゃんと13時にスタートした。素晴らしい!
<Any Time At All><You Can't Do That><Things We Said Today><I'm Happy Just To Dance With You><Can't Buy Me Love><A Hard Day's Night><Boys>……いい流れだ。

しかし演奏はというと、絶好調にはまだまだという感じ。特にレニーさんは声が出ていない。ウォーミング・アップなしのぶっつけ本番だからまあ仕方ないよなあ…と思って観ていたのだが、中盤あたりからぐんぐん演奏がまとまり、ヴォーカルもパワフルになって行った。さすがだ。
昼の1時だというのにたくさんのお客さんが入っていて、盛り上げてくれたおかげもあるだろう。スカウスハウス・ツアーのみなさんも楽しそうに踊っていた。

本編最後の曲は<Long Tall Sally>。その演奏中にPAスタッフに訊く。
「アンコール、2曲やっていい?」
「いいよ。でもヘイ・ジュードとかじゃないだろうね。延々続くやつ」
「ははは。なんならヘイ・ジュードのロング・ヴァージョンでもやろうか?」
「勘弁してくれ〜!」

というわけで、2曲のアンコール。
彼らがその場で話し合って決めたのは、<I Feel Fine>と<Slow Down>だった。両方ともジョンがリード・ヴォーカルのナンバーだ。
絶好調となったレニーさんがカッコよく締めくくった。

アンコールが終わる頃、PAスタッフがこう言ってきた。
「次のバンドがまだ来てないんだ。もっと続けていいよ」
しかし僕はすぐさま断った。
「いや、これ以上は無理なんだ。これで終わり。ごめんね」

「せっかくノッてきたところなのに」という声もあったが、「これ以上やると逆にマイナスになる」というのが僕の判断だった。
アスプレイズにはこのあと、大きなギグが2本もある。どちらもコンヴェンション会場であるアデルフィ・ホテルのステージだ。1本は夕方、もう1本は日が変わる深夜のスタートになる。少しでも喉を大事にし、体力を温存しなくてはならない。

特に、いつも全力でパフォームするあんちゃんが心配だ。僕も長いことこのフェスティヴァルに来ているけれど、あんなに全身全霊で(しかも楽しそうに)演奏するリンゴ役は見たことがない。並みのドラマーなら1ステージももたないだろう。どれほどの消耗度なのか、ちょっと想像がつかない。
もしあんちゃんが崩れれば、きっとバンドの演奏はバラバラになる。アスプレイズの生命線なのだ。

もっとも、今はまだあんちゃんも、他の3人も平気な顔をしている。僕の心配は杞憂になるかもしれないし、なってほしいと思う。

NLW No.386に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月24日(日)・その2】 NLW No.387に掲載)

キャヴァーン・パブでの演奏終了。5時のアデルフィ・ホテルでのギグには3時間ある。
ステージ衣装を着替えたアスプレイズと一緒に、我々の宿泊所である学生寮に移動。アデルフィは隣だから、出番ぎりぎりまでゆっくりしてもらうことができる。

寮のラウンジにはキッチンがついていて、電子レンジもある。バーガーキングのテイクアウェイやカップ麺やお菓子などを食べながら、バンドと友人たちはすっかりリラックス・モードになっていた。

僕は1人で早めにアデルフィへ。そう、今日は<ビートルズ・コンヴェンション>なのだ。年に1度のビートルズ祭り。少しでも長くお祭り気分を味わいたい。
会場は相変わらず大勢の人でにぎわっていた。野球のダイヤモンドがすっぽりと入りそうなほどの巨大なラウンジでは、ディーラーズ・マーケットが開催されている。例年よりはディーラーの数は少なめのようだが、それでもビートルズ・グッズで埋め尽くされている景色は圧倒的で、自然にワクワクしてしまう。

奥のボールルームではゲスト・スピーカーへのインタヴューが行われている。
今年招かれたゲストは、ビートルズの伝記「シャウト!」の著者フィリップ・ノーマン、ビートルズの映画3本に出演した俳優ヴィクター・スピネッティ、研究家でブロードキャスターのスペンサー・リー、バッドフィンガーのジョーイ・モーランド、ビートルズの公式写真家だったボブ・ウィタカーなど。
もちろん例年通り、ビートルズの初代マネージャー、アラン・ウィリアムズも会場に姿を見せた。同じくコンヴェンションの顔であるジョンの妹、ジュリア・ベアードは、今年は出席していない。なんでも、初めてのお孫さんが生まれるところなんだそうだ。残念だけど、そういう事情なら仕方がないなあ。

アデルフィ・ホテルでも5ヶ所の会場でアツいギグが繰り広げられているが、今日は<マシュー・ストリート・フェスティヴァル>が開幕し、6つの野外特設ステージでライヴ・コンサートが行われている。
そのうちのひとつ、チャペル・ストリートのステージでは、マージービートのオリジナルのバンドたちが次々に登場する。

僕の大好きなマージービーツが4時で、その後は泣く子も黙るアンダーテイカーズだ。マージービーツの前はサーチャーズで、サーチャーズの2つ前はフォーモストだ。きっと盛り上がるだろうなあ…。
観に行きたいのはやまやまだけれど、アスプレイズのギグをほったらかして行くわけにもいかない。う〜ん残念…。

…なんてことを考えていると、コンヴェンション会場で<アクト・ナチュラリー・プロダクションズ>(以下ANP)のボス、ジョンに会った。
「やあカズ、昨日はありがとう。アスプレイズは5時からだろ? しっかりフィルムに撮らせてもらうよ」
「うん、ありがとう。期待に添えるようなパフォーマンスだといいんだけどね」
「だいじょうぶさ。楽しみにしてるよ」
「うん、よろしく〜。バンドにも伝えておくよ」

ジョンがアスプレイズのステージを観るのは、これが初めてのはずだ。当然、ギグを撮影するのも初めてということになる。
彼らが持っているカメラは1台だけのようだし、アスプレイズだけでなく他にもたくさんのバンドを収録することになっている。ということは、アスプレイズの演奏をANPが撮影するのは、これが最初で最後になるかもしれない。
演奏の出来によっては、昨日のストロベリー・フィールドでの収録分ともどもボツになってしまう可能性だってある。

でも、今のアスプレイズなら心配することはないだろう。コンディションもいいし、時間帯も悪くない。オーディエンスに恵まれれば、これまでで最高のステージを見せてくれるはずだ。きっと。

4時半になった。さあ、アスプレイズを迎えに行こう。

NLW No.387に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月24日(日)・その3】 NLW No.389に掲載)

4時半、アデルフィ・ホテルのクロスビー・ルーム。
アデルフィには、巨大なラウンジを囲むようにして6つのカンファレンス・ルームがある。大きさは大小さまざまで、このクロスビー・ルームはその「小」の部類に入る。しかし小といっても100人くらいは軽く収容できるし、天井がおそろしく高くて音響がいい。おまけに建物の南側にあるから日当たりが良くて、明るいムードでライヴができるという素晴らしい会場なのだ。

我々が到着したとき、クロスビー・ルームでは誰も演奏していなかった。本来ならBack From The USSRというロシアのバンドが演奏しているはずだが…。
PAの卓には人の良さそうなおじいちゃんが座っていた。早速訊いてみる。

「やあ、こんにちは。5時からのアスプレイズです。進行はどう?」
「やあ、どうも何も、わしにはようわからんのんじゃ」
「?」
「わしはキャヴァーンのスタッフじゃないんじゃ。(着ているポロシャツの胸のロゴを見せて)ほれ、このバンド、Persuadersのスタッフなんじゃよ」
「…? じゃあなんでここにいるの?」
「いや、うちのバンドが機材一式を貸すことになっての。ほれ、そこにセットされとるドラムやらアンプやらはぜ〜んぶウチのなんじゃよ。朝にここに運び込んだら、PAやる人間がおらん言われての、なぜかわしがここに座ることになったんじゃ」
「ふうん、MCはいないの?」
「おらん」
「そりゃたいへんだ。おじさん司会するの?」
「まさか。わしゃここに座って音の調整するだけじゃよ。君ら次のバンドか? 4時のバンドは来んかったんじゃ。いつでも始めてええよ」
「…おじさんもたいへんだね。とにかくよろしく。で、ヴォーカル・マイクなんだけど、フロントに3つとドラムにも1本ほしいんだけど、ある?」
「ない。2本きりじゃよ」
「ぜ、ぜんぶで2本!? せめてもう1本ない?」
「ないもんはない。悪いねえ」
「……」

仕方がないので、1本はレニーさんが使い、もう1本はユウキくんと久保さんにシェアしてもらうことにした。あんちゃんが歌うときはレニーさんのマイクを倒して使ってもらおう。

我々が準備をしていると、ぞろぞろとお客さんが集まって来た。明らかにアスプレイズ目当てのオーディエンスだ。ありがたい。
ANPのジョンとアシスタントのスティーヴもフィルム収録の準備に取り掛かっている。

4時50分、バンドの準備完了。客席も埋まり、ドキュメンタリー・フィルムの撮影もスタンバイOK。臨時PAのじいちゃんを見ると、こちらに向けて親指を立てた。
よっしゃ、ちょっと早いけど、始めちゃおう!

● ● ●

<All My Loving>でスタート。みんな調子が良さそうだ。昼一番のキャヴァーン・パブよりもずっと、気負わずのびのびしたパフォーマンスになっている。
さらに<Misery><Everybody's Trying To Be My Baby><No Reply>そして<Baby's In Black>と続く。

なかなか渋めの選曲。明るい日曜日の午後にぴったりのランニング・オーダーだな…と思っていたら、ここからいきなりの加速が始まった。

<It Won't Be Long><Can't Buy Me Love>そして<I Wanna Be Your Man>。これぞロックン・ロールなナンバーの3連発。締めくくりにレニーさん必殺の<Ain't She Sweet>。
あのドスの効いたジョンのヴォーカルのこんなにイキイキと再現できるとは…。
加えてあんちゃんのドラムがやはり素晴らしい。まるっきりのリンゴ印なのだ。オリジナルは言うまでもなくピート・ベストなんだけど、あんちゃんはリンゴとしてドラムを叩いている。「リンゴのドラムがビートルズだ」とあらためて思う。

続く<Devil In Her Heart>がこれまた良かった。
ジョージのたどたどしいヴォーカルを久保さんがたどたどしく再現し、レニーさんとユウキくんがスウィートなハーモニーを聴かせた。
ロックな気分を一旦和らげるアクセントとしての選曲だろう。効果は抜群だった。

次の<From Me To You>からが圧巻だった。<Kansas City〜Hey Hey Hey Hey><Mr Moonlight><I Saw Her Standing There>とシャウト系のナンバーが続く。
いつの間にか超満員になっているオーディエンスの全員が体を揺らしている。最後のナンバー<Long Tall Sally>では、ついに何人かの人がバンドの前のスペースに飛び出して踊りはじめた。

アンコールは4曲。
<Sweet Little Sixteen><Hippy Hippy Shake><Lend Me Your Comb>そして<Slow Down>。
バンド全員がエキサイトしているが、特にレニーさんのぶっ飛び具合はすさまじい。暴走している。誰も止められない。
会場はダンス大会のようになってしまった。バンド前のスペースは大勢の人が入り乱れて踊っている。

<Slow Down>で終わるはずだったが、もんのすごい盛り上がり。嵐のような拍手と歓声で、とてもじゃないけど許してくれそうもない。もう1曲だけ、短めのナンバーをやってもらうことにした。

では何をやろう? バンドの4人と相談。
「カズさん、何がいいですかね?」とあんちゃん。
「う〜ん、スロウなのがいいんじゃないかな。でも任せますよ。やりたいのをやってください」と僕。
これ以上ロックンロール・ナンバーを続けたら、まさに火に油。オーディエンスをさらに焚きつけてしまう。<This Boy>あたりでさわやかに締めくくれば、スムーズに終われるんじゃないか…そう僕は考えたのだ。<This Boy>が彼らのレパートリーにあるかどうかは知らないけど。

しかしアスプレイズの4人が選んだのは、極めつけのロックンロールだった。
これが最後、ショートヴァージョンで、と断ったうえでの<Twist And Shout>。
ラストはロックンロールで締めるというのが、彼らの流儀なのだろう。うん、やっぱりこれで正解だな。

僕の心配とは裏腹に、オーディエンスは全員が納得してくれたようだった。極めて例外的なダブル・アンコールに応えてあげたこと、久保さんのMCがまたしても大爆笑を誘ったこと、そして、もっと踊りたいという需要も満たしてあげたことがよかったのだろう。
みんな最後の最後までダンスを楽しんでくれた。僕も踊りたいくらいだった。

年に一度、世界中からビートルズ・ファンが集まって来る<ビートルズ・コンヴェンション>。
この晴れの舞台で、アスプレイズはまさに最高のパフォーマンスを披露し、最高のアトマスフィアを創造した。
この場に居られた人たちはラッキーだったと思う。誰もがハッピーだった。

ビートルズ・バンドとしても、このステージはひとつの到達点になるはずだ。何もかもがパーフェクトに素晴らしかった。
でも、今日のステージはまだ終わっていない。深夜、我々はまたこのステージに戻って来るのだ。もっとマニアックで目と耳の肥えたオーディエンスを相手にすることになる…。

後日談をひとつ。
このステージには、僕の友人のベーニーさんが観に来てくれていた。ポールやジョージと同じ時代にリヴァプール・インスティテュートに通っていた彼は、デビュー前からビートルズのステージに足を運んでいた。
フェスティヴァルが終わった後、いつものようにジャカランダで一緒に呑んだとき、ベーニーさんはこう僕に言った。

「カズ、アスプレイズはいいバンドだな。楽しかったよ。今年のベスト・バンドのひとつだと思うよ。お世辞抜きでな。でもな、あの<Mr Moonlight>、ありゃ大笑いしたぞ。ほれ、『膝まづいて君に許しを乞う』のところ、ニーズじゃなくてノーズって歌ってただろ? 鼻まづいて許しを乞うってわけか。ケッサクだったぜ」
「わはは、よく気がついたなベーニーさん。でもあれはああいう歌詞なんだよ。あれはハンブルグのヴァージョンだから。ジョンはふざけてノーズって歌ってるんだよ」
「へえ、そうだったのか。そんな細かいことまでちゃんとコピーしてるんだな」
「まあね、彼らのこだわりはスゴイよ。僕もびっくりしっぱなしの毎日だった」
「ほう。来年も観たいもんだな」

NLW No.389に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月24日(日)・その4】 NLW No.396に掲載)

アスプレイズのギグが終わったあと、バンドのメンバー全員を連れてコンヴェンション会場へ。
毎年この日にはたくさんのビートルズ関係者がこの場所に招待されるのだが、その誰もが快く記念撮影に応じてくれる。せっかくのこの機会を逃しちゃもったいない!

今年のメインゲストであるヴィクター・スピネッティやフィリップ・ノーマンの姿は見つけられなかったが(もう帰ってしまったのだろう。さすがに時間的に遅すぎた…)、毎年コンヴェンションに来てくれるロバート・ウィタカーさん(ビートルズの公式フォトグラファー)、そしてアラン・ウィリアムズさん(ビートルズの初代マネージャー)と一緒に写真を撮ることができた。よかったよかった。

バンド&ツアーのお客さんたちと一緒に近くのパブで夕食をとったあと、ひとりでアデルフィ・ホテルに戻った。
もう9時を過ぎているが、<コンヴェンション>はまだたくさんの人でにぎわっている。ホテル内の5ヶ所でライヴが続いているし、ディーラーズ・マーケットも最近は夜まで楽しむことができるようになった。

会場をぶらぶらしていると、電話が鳴った。
フェスティヴァルのドキュメンタリーを撮影している米国のフィルム制作会社<Act Naturally Productions>(以下ANP)のアシュレイさんだった。
「カズ、アスプレイズの撮影なんだけど…」
「うん、さっきのギグ撮ってたよ、ジョンとスティーヴが」
「そうなんだけど、ちょっと困ったことになったのよ…」

…なんてことを歩きながら話していると、目の前に携帯電話を耳にあてたアシュレイさん本人がいた。お互いびっくり!
と同時に、突然うしろからジョンさんに声を掛けられてまたびっくり。
「カズ、ちょうどよかった! えらいことになってしまった。さっきのギグ、サウンドがまったく録れてなかったんだよ。どうやらマイクのトラブルで…」
「録れてなかったの!? そりゃたいへんだ」
「何とかならないか。君らのグループで誰か録音してないかな?」
「あーそういえば…たしか録音してたと思うよ。聞いておこうか?」
「悪いけど頼むよ。よろしく」

…という会話をして、ジョンと別れて10歩ほど歩いたら、そこにアスプレイズ組の1人、Sさんがいた。なんちゅうタイミング。早速事情を話すと…。
「あ、あたし! あたしが録音したんですよ。データも持ってますよ、今ここに…ほら!」

そのままSさんを捕まえて、ホテル内のANPの臨時ルームに直行した。
録音機をPCにつないで再生してみると、まずまずの状態で録音できていることが確認できた。Sさんの許可を得て、その場ですぐにダウンロードさせてあげる。
ジョンもアシュレイさんも喜んでくれた。
「カズ。ほんっとうに助かったよ。ありがとう」
「いやいや、Sさんのおかげですよ。役に立ててよかった」
「それでだね、念のために次のギグも撮影しようと思ってるんだけど、いいかな?」
「まだ撮るの? そりゃもちろんいいけど、他にもいいバンドいっぱいいるよ。知ってるだろう?」
「もちろん知ってる。でもアスプレイズが気に入ったんだよ。彼らは実にユニークだ。できるだけたくさん撮っておきたい」
「ふうん。まあたしかにちょっと変わったバンドかもね。でも次ミッドナイトだけど、だいじょうぶ?」
「ああ、だいじょうぶだ。ちゃんと照明も立てるし、音声も今度はばっちりだよ」
「そうか、アスプレイズに伝えておくよ。グッドラック!」

● ● ●

Sさんと「よかったねー」と言い合いながら、後片付けの始まったコンヴェンション会場を歩いていると、今も現役のマージービート・バンド<The Undertakers>のジェフ・ニュージェントさんにばったり会った。
「うわ、ジェフさんどうも。また会えて嬉しいです」
「おお、お前か。さっきライヴやって来たところなんだよ」
「あ、マシュー・ストリート・フェスティヴァルの野外ステージですよね」
「おおそうだ、観てくれたのか?」
「いや、行けなかったんですよ、すみません。でも明日は絶対行きますよ。いつもの<The Liverpool>ですよね。何時でしたっけ?」
「3時と5時だ。絶対来いよ」
「行きます行きます。ところでせっかくですからこちらのレディと記念撮影でもいかがです?」
「おお、もちろんもちろん。さあ撮ってくれ」
「はい、行きますよ〜。あっ! こらっっ! ジェフさん抱きついちゃダメダメ!!」
「はっはは、すまんすまん」
「まったく油断もスキもないんだから…」

泣く子も黙るばりっばりの硬派ロックバンド、アンダーテイカーズの動力源であるジェフさんは、ステージを降りてもエナジーとサーヴィス精神のカタマリなのだ。ジェフさんのイキイキとした笑顔が、僕は大好きだ。

● ● ●

アスプレイズにとってこの日3本目のギグは、深夜0時から。場所は夕方と同じ、アデルフィ・ホテルのクロスビー・ルームだ。
11時半に着いて、早速PAのじいちゃんに報告。じいちゃんは朝からずっと働きづめのようで、さすがに疲れた顔をしている。
「アスプレイズ到着です。まさかとは思うけど、オンタイムで進行してます?」
「うんにゃ、遅れとるよ。30分くらいかな」
「ああそう、30分か。まあそれくらい仕方ないよねー」

30分遅れなら、まあ想定内だ。MCがいないにしてはスムーズに流れていると言えるんじゃないだろうか。
そういえば夕方の我々は、10分早くスタートしたにもかかわらず、結局5分くらいオーバーして終わったし…。

じいちゃんはさらにこう付け加えた。
「あのな、夕方の君らの演奏、すっごく気に入ったよ。だからウチのバンドの連中を呼んでおいた。ほれ、あの辺に」

じいちゃんの指差す先には、フェスティヴァル常連バンド<Persuaders>のメンバーたちの姿があった。
「うわ、ほんとだ。光栄です。どうもありがとう!」
「みんな楽しみにしとる。がんばってくれよな」

前のバンドが終わるまで、会場のすぐ外で待機することにした。
アスプレイズは例によってたくさんの人に声を掛けられ、写真やサインをねだられていた。
僕はといえば、特にすることもなかったので、会場から流れて来る演奏を聴くともなしに聴いていたのだが、すぐに引き込まれてしまった。サウンドがすぱっと切れそうなくらいシャープで、ものすごい迫力なのだ。

プログラムを確認してみると、演奏中のバンドは<Mal Evans Memorial Band>。
オランダからここ数年、毎年エントリーしているバンドだ。名前だけは知っていたが、こんなにいいバンドだったなんて…。
ヴォーカルの人は歌専門で、キーボード・プレイヤーがついた6人組。ドラマーが若くてきれいな女性というのがカッコいい。
しかも演奏する曲がちょっと普通ではないのだ。<Back In The USSR>をロシア語で歌ったり、リミックス・アルバム《Love》の<Get Back〜Glass Onion><Drive My Car〜The Word〜What Your Doing>をレパートリーにしているのにはびっくりしてしまった。

特に、女性ドラマーが歌う<Step Inside Love>には個人的にとても感銘を受けた。
ポールがシラ・ブラックに贈った曲で、《Beatles Anthology 3》にはポール本人のヴァージョンが収められている。もちろんここではシラのヴァージョンで演奏された。

NLW No.396に掲載)



【利物浦日記2007 / 8月24日(日)・その5】 NLW No.397に掲載)

Mal Evans Memorial Bandのステージは、0時20分ごろに終わった。いよいよアスプレイズの出番だ。
気がつけば、会場はぎっしり満員になっている。
最初からアスプレイズを目当てに集まったファンも多いようだが、それだけではない。ホテル内の他の会場のギグは午前0時ですべて終了したので、必然的に、ここクロスビー・ルームにオーディエンスが集中することになったのだ。

クロスビー・ルームはそう大きくない会場だが、ぎゅうぎゅうに詰まったこの様子だと250人くらいは入ってるんじゃないだろうか。会場の外にも大勢の人がいるから、300人は軽く超えてるかもしれない。もう日付が変わっているというのに…。
もちろん、疲れた表情をしている人は誰もいない。まだまだ楽しみはこれからだ、と言わんばかり。まあそれはそうだろう。ほとんどのファンは常連で、これを楽しみに毎年アデルフィ・ホテルに戻って来るのだ。

満員のオーディエンスが醸しだす期待感というか高揚感というか、そういうものに包まれながら、楽器のセッティングに取り掛かる。
ユウキくんが切羽詰った表情でそばに寄って来た。
「カズさん、水あります?」
「ん? 水? …あ、忘れてた」

バンドのステージ・ドリンク(ミネラル・ウォーター)を用意するのは僕の役目なのだが、Mal Evans Memorial Bandのライヴに夢中になってしまって、すっかり忘れていた。
「ごめんごめん。でも今からじゃ間に合わんな。水なしでいける?」
「ええ〜!? ムリムリ! 水なしじゃ死んじゃう〜〜〜!」
「…わかったわかった。買いに行って来ようね」

ホテル内にはいくつかバーがあるので、通常はそこで水をもらうことができるのだが、あいにく午前0時ですべてクローズになってしまっていた。
あと数分でステージが始まるという緊急事態だが、ホテルの外に買いに行かなければならない。
近くにあるチッピーはすべて満員状態。長い行列が出来ている。仕方がないのでライム・ストリート駅近くのチッピーに駆け込み、水を5本調達してダッシュで戻った。たぶん5分とかかっていないはずだ。我ながら感心する早業だった。

まだ演奏は始まっていない。スタンバイが完了したアスプレイズの前にひとりのおじさんの姿。
おや、いないはずのMCの姿が…と思ったらなんと、<Cavern City Tours>のダイレクター、ビル・ヘックルさんだった。
ビルさんのイントロデュースで演奏をスタートできるとは、なんたる幸運。なんたる行幸。たぶんバンドのみんなはこの人が誰だか分かってないだろうけど…。

● ● ●

オーディエンスをかき分けてステージに近づく。しかし人が多すぎてなかなかたどり着けない。残念ながら、ユウキくんに水を渡す前にギグがスタートした。

オープニング・ナンバーは<A Hard Day's Night>。久保さんが紡ぎだすリッケンバッカーの12弦の音色がカラフルだ。
レニーさんとユウキくんの喉の調子はあまりよくなさそうだ。これが3ステージめ、しかも午前1時という時間だから無理もない。しかしそれを気にする様子は見られない。余裕しゃくしゃく、とまでは行かないけれど、リラックスして楽しみながら演奏しているように見える。いい感じだ。
ただ1人、あんちゃんだけはいつものように最初からエンジン全開でドラムを叩いている。すごい迫力。この人には誰にも敵わない。

続いて<Any Time At All><Things We Said Today>、MCをはさんでさらに<You Can't Do That><I Call Your Name>と、12弦ならではの華やかなナンバーが披露される。
そして6曲目の<Eight Days A Week>で、盛り上がりは早くもピークに達した。
僕はあんちゃんの後ろに回ってこの光景をヴィデオに収めたのだが、鈴なりのオーディエンスが一斉に手拍子を打ち、合唱する様子にじ〜んと感動してしまった。

ここでリッケンバッカー12弦はお役御免。久保さんはギターをグレッチに持ち替えた。
最初の6曲は「1964年のビートルズ」シリーズだったが、ここから「1963年のビートルズ」シリーズがスタート。
久保さんがリード・ヴォーカルをとる<Chains>を皮切りに、<From Me To You><You've Really Got A Hold On Me>、そしてほとんどあんちゃんのワンマン・ショウみたいな<I Wanna Be Your Man>に至って、盛り上がりは2回目のピークを迎えた。

● ● ●

11、12曲めは<Carol>と<Hippy Hippy Shake>。《Live at the BBC》からのナンバーだ。
当初このポジションには、<Don't Let Me Down><I've Got A Feeling>という意表をついたナンバーがセット・リストに入っていた。しかしANPの撮影があるということで、急遽、開演直前に差し替えたのだった。

ANPが製作するドキュメンタリー・フィルムは、現時点では、アップルからビートルズの楽曲の使用許可が降りるかどうかはわからない。そのため製作陣からは、「ビートルズのオリジナルでない曲をたくさん演奏してほしい」というリクエストを受け取っていた。
結果としてこのステージでは、半分近くがビートルズのノン・オリジナル曲という構成になった。

<Carol>は久保さんのリード・ギターが主役だ。ほとんどリード・ヴォーカルという感じ。そのフレーズが実にスリリングで、無茶苦茶カッコいい。
<Hippy Hippy Shake>も、グレッチのリフ、あの独特の音色が曲のキモになっている。
マニアックなファンが多数を占めるオーディエンスは当然ながら大喜び。惜しみない賞賛の拍手が贈られた。

● ● ●

そしていよいよ終盤、<The Night Before><Too Much Monkey Business>と来て、最後におなじみ<I Saw Her Standing There>。
アンコールには2曲、<Sweet Little Sixteen>と<Long Tall Sally>で締めくくった。

信じられないことに、僕がベストだと思ったあの素晴らしい夕方のギグよりも、もっともっと素晴らしいステージになった。
開始直後はかすれ気味で心配させられたユウキくんとレニーさんの声は、みるみるうちに絶好調になり、終盤では針が振り切れるほどパワフルになった。特に、<Too Much Monkey Business>でのレニーさん、<Long Tall Sally>でのユウキくんのヴォーカルは最高のロックン・ロールだった。

今晩のアスプレイズのパフォーマンスは、世界のどのトップ・バンドにも劣るものではないと思う。バンドとしてのアンサンブルはほとんど完璧だった。
言うまでもないことだけど、それを引き出したのは間違いなく、このコンヴェンションの最高に素晴らしいオーディエンスなのだ。

● ● ●

終演後のアスプレイズには、やはり多くのファンが集まってきた。
PA係のおじいちゃんまでもが、サインをくれと言ってきたのには驚いた。
「他のバンドにはサインもらおうなんてことはぜんぜん思わんかったがね。君らはベスト・バンドだ。君らに会えてよかったよ」

気がつくと、レニーさんが酔っ払いにからまれて困っているようだ。ちょっと話に割り込んでみた。
「君らのパフォーマンスはグレイトだった。ファンタスティックだったぜえ」とヨッパライ。
「はいはい、どうもありがとう」と僕。
「特にあれだ、<Too Much Monkey Business>。あれはサイッコウだった。ビートルズよりいい」
「ビートルズより? なわけないだろ〜。あんた飲みすぎ」
「なわけあるって! 俺を信じろ! 飲んでるけど気は確かなんだから。俺はさ、<The Beatles Story>のスタッフなんだぜ」
「あのビートルズ・ストーリーの? ほんまかいな」
「ほんまほんま。ほれ、これ見ろ(と言ってIDカードを出す)」
「へえ、なるほどー」
「君らのバンドを招待する。明日来てくれたら入場料は要らん」
「おお、ありがたい! でもバンドのメンバーだけ? 僕らもいいかな?」
「え? えーと…」
「15人くらいいるんだけど」
「じゅ、15人!? だめだめ〜!」

● ● ●

ようやくファンや酔っ払いから開放されて、ホテルのエントランスを出るところでビル・ヘックルさんに会った。
「やあビルさん、さっきは僕んとこのバンドを紹介していただいてありがとうございました!」
「おおカズ、アスプレイズだろ? いいバンドだな!」

午前2時半を回っていたが、このまま寝るのももったいないし、だいいちギグの興奮がまだ醒めていない。アスプレイズのメンバーとマシュー・ストリートへ繰り出した。

朝までライヴをやってるキャヴァーンで乾杯して、今日1日のギグのことを振り返る。
なんだか何日も前のことに思えるけれど、昼はキャヴァーン・パブで演奏したんだった。あれは今日のことだったんだなあ…まあ正確には昨日だけど。
印象に残らないようなステージでは決してなかったはずなのに、誰もがほとんど忘れそうになっている。
それほど、夕方のギグと深夜のギグは素晴らしかった。素晴らしすぎるくらいに素晴らしかった。

なんだか夢みたいだね、こんな経験はなかなかできないだろうね、とみんなで語り合った。

NLW No.397に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月25日(月)・その1】 NLW No.401に掲載)

バンク・ホリデイ・マンデイ。マシュー・ストリート・フェスティヴァル・デイだ。
午前中はゆっくりして、11時半にハード・デイズ・ナイト・ホテルに集合した。
12時からキャヴァーンでアスプレイズの最後のギグがある。
僕が着くと、珍しくメンバー全員が揃っていて、セット・リストを決めているところだった。

<Cry for a Shadow><Some Other Guy><The Sheik of Araby><All My Loving><Baby It's You>……なるほどね。
《Antholgy 1》や《Live at the BBC》を中心に初期のナンバーがずらりと並ぶ。
しかもシブめ。昨晩のラインナップとはずいぶん違う。キャヴァーンのフロント・ステージであることや、今日の客層(地元の人が多い)を考えてのことなのだろう。

15分前に会場入り。アスプレイズはトップバッターなのですぐに準備に取り掛かれるのはいいんだけど、お客さんはガラガラ状態。お祭りはこれからだからまあ仕方ないか。でも熱心なアスプレイズ・ファンが何人も来てくれているのはうれしい。

ギグは定刻にスタート。始まってみると不思議なもので、客席はみるみるうちに埋まっていく。3曲目ぐらいでほぼ満員になってしまった。
4日間で7本目だから、さすがに疲れはあるはず。しかしアスプレイズの演奏のクォリティにはまったく揺るぎがない。ややリラックスした感じの、昨晩のあの熱狂の中でのパフォーマンスとはひと味違う、余裕のステージングだった。貫禄が出てきなあ、と思う。すっかりプロフェッショナルなバンドになっちゃった。

最後のギグも無事に終了。
アスプレイズのビートル・ウィークでの演奏もこれで終わりだ。
あんちゃん、久保さん、レニーさん、ユウキくん。みんなほんとうにがんばったし、それに見合うだけの成果が得られた4日間だったと思う。
誰もが認める大活躍だった。ビートル・ウィーク初出場でこれほどの旋風を巻き起こしたバンドはいないかもしれない。
演奏が素晴らしかったのは確かだが、やはり彼らのこだわりやひたむきさ、フェスティヴァルに賭ける熱い思い、そしてリヴァプールに対するリスペクトが伝わったということだろう。

思えば、あんちゃんから最初にメールをもらったのは1年前のこと。
「どうしてもBeatle Weekに出たい。でもただ出場するだけで終わらせたくない。ほかのどのバンドよりもたくさん拍手をもらえるようになりたい」
という内容で、その志の高さ、信念の強さにまず驚いたことを覚えている。今日までの1年間は、大きな目標に向けて綿密な計画を立て、それを着々と実行に移す行動力に感心させられてばかりだった。

そしてリヴァプールに入ってからの本番。彼らのアンビションは多くのオーディエンスを巻き込んで大きなベクトルとなり、フェスティヴァルを揺り動かすほどのムーヴメントにまで発展した。
ここまでパーフェクトにやり遂げるなんて、ほんとうにすごいとしか言いようがない。輝かしい達成と言っていいだろう。

特に昨晩のクロスビー・スイートでの光景は、これからもずっと忘れられないだろう。
あれはそう、まるで雲の上にいるような、夢みたいにハッピーで美しい瞬間だった…。

NLW No.401に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月25日(月)・その2】 NLW No.402に掲載)

アスプレイズのギグが終了したのは午後1時。
《マシュー・ストリート・フェスティヴァル》はまだまだこれからが本番だ。

去年は翌日にリヴァプール市制800周年記念祭が行われることもあってインドアだけでの開催だったが、今年は普段どおり街全体がお祭り会場となった。
今日は6ヶ所のアウトドア・ステージに加えて、およそ30ヶ所のパブやライヴハウスで、まるまる1日、延々とライヴ演奏が繰り広げられる。
街の中心部は大規模な歩行者天国となり、そこにおよそ30万人の大群衆が詰め掛ける。
どこを見ても人、人、人。あちこちから音楽や歓声が聞こえてくる。リヴァプールの街が、1年で最もピースなアトマスフィアに包まれる日なのだ。

これからの数時間は、僕にとってはひさしぶりのフリータイム。
まずは野外ステージを順番に観てまわる。どこもかしこも人でいっぱいだ。6つのステージはそれぞれテーマが決まっていて、演奏される音楽のジャンルがある程度固定されている。
しかしオーディエンスの印象はどこも同じなのが面白い。音楽のジャンルに関係なく、そこには、家族連れでなごやかに楽しむオーディエンスの姿がある。ジェネレーションのギャップというものが感じられないのだ。
エルビスやストーンズやジミヘンやマドンナやコールドプレイやエイミー・ワインハウスの音楽を、親・子・孫の三世代が一緒に楽しむことができるなんて、日本ではとても考えられない。さすがイギリスだなあ、いいなあと思ってしまう。

3時にジェームズ・ストリートにあるパブ<The Liverpool>へ。
そう、昨日ジェフ・ニュージェントさんとの約束(というかほとんど強制だったけど)を果たそうと、<The Undertakers>のギグを観に来たのだ。

予想はしていたけれど、パブはすでに超満員。ビールを買おうとカウンターに並んでいるうちに、アンダーテイカーズのライヴが始まってしまった。
段差のないステージなので、後ろからではぜんぜん見えない。急いで1パイントのビターをぐいっと飲み干して、ぎゅうぎゅうの人垣をかき分けて最前列に出た。
そこにしゃがんで、「かぶりつき」でライヴを観た。

ほんもののアンダーテイカーズを観るのは、実はこれが初めてだ。毎年この日はこの場所で演奏することが決まっていて、それが分かっているのに、スケジュールが合わなかったり、うっかり忘れていたりして、ずっと見逃して来たのだ。

60年代からバリバリのロックン・ロールを演奏し続けているアンダーテイカーズのステージは、信じられないくらいにパワフルだった。
オリジナル・メンバーはジェフさんのほかに2人。サックスのブライアン・ジョーンズ、そして今年からあのジャッキー・ロマックスが戻って来た。
みんな60代の後半に入っているはずだけど、ユルいところは一瞬もない。おそろしいほどのハイ・テンションでステージは進んで行く。
特にジェフさんの気迫はすさまじくて、飛び散る汗とツバの一粒一粒にまでタマシイが込められているんじゃないかという気がするほどだった。

ヤケドしそうなくらいに熱くて、ウルサくて暑苦しくて、しかも最高に楽しい。これだこれだ、これがロックン・ロールだ!! …と、思わず僕もコーフンしてしまった。

後日、<ジャカランダ>の名物男・ベーニーさんと話したときにも、アンダーテイカーズのことが話題になった。
彼も毎年この日のこのステージを楽しみにしているのだ。

「マシュー・ストリート・フェスティヴァルじゃあ何百とギグがあるけどな、ほかのは観んでも、リヴァプール・パブのアンダーテイカーズは観にゃいかん。あれこそホンモノだよ。ナニ? 今年初めて観たって? やれやれカズ、お前は今まで何しに来よったんじゃ?」

…また怒られてしまった。

NLW No.402に掲載)



【利物浦日記2008 / 8月25日(月)・その3】 NLW No.405に掲載)

夕方6時からはアスプレイズ&お客さん全員での打ち上げパーティー。
会場はホープ・ストリートのフィルハーモニック・パブ。ジョン・レノンが最も好きだったパブだ。
伝統あるパブでトラディショナルなブリティッシュ・ディナー。今日はリヴァプール最後の夜だから、チャイニーズとかイタリアンよりもいいんじゃないかと思う。
15名という大人数なので、予約の際にすべての料理をオーダーしておいた。

我々の席はパブの2階に用意されていた。ほかのお客さんはいないので、まるで貸切りのようだ。
料理は7種類くらいを数皿ずつ、人数よりもちょっと多い18人分をオーダーしていたのだが、部屋の真ん中に料理置き場を作ってそれを並べて、各自で自分の皿に取って行ってもらうことにした。いわゆるビュッフェ・スタイルだ。好きなものを好きなだけ選んでもらえるので、おおむね好評だったように思う。

打ち上げパーティーは和やかに終わり、<The Fab Four Las Vegas Show>を観るためにロイヤル・コート・シアターに移動。今年の<ビートル・ウィーク>の最大の目玉コンサートだ。
我々が到着したのは8時半で、ちょうど前座のステージが終わったところだった。
1階部分はオール・スタンディングで座席があるのは2階からなのだが、我々の席はなんとその最前列。2階部分はかなり前方にせり出しているので、ステージがものすごく近い。遮るものはないし、手すりにももたれられるし、理想的なロケーションである。

ラス・ヴェガスでレギュラー公演を継続中のファブ・フォーのステージは、さすがに一流のエンターテイメントになっていた。コミカルなエド・サリヴァン役が楽しい。
ジョージ役を務めるのは、リヴァプールの誇るGavin Pring。George Harry's Sonの名前で過去何度もBeatle Weekに登場している、おそらく世界ナンバー・ワンのジョージ・パフォーマーだ。

ステージは3部構成で、それぞれ衣装を変えて、ビートルズの初期・中期・後期のナンバーが披露された。
演奏はおそろしくうまいし、仕草やしゃべり方までそっくり。アスプレイズのみんなも驚き、絶賛するほどのクォリティだったのだが、僕個人としては正直言ってあまり楽しめなかった。
なんというか、いかにもなエンターテイメント・ショウで、わざとらしさが勝ってしまっているように感じてしまうのだ。満員の会場は大いに盛り上がっているけれども、どうも僕の趣味ではないなあ。

ルックスそっくり度では1997年の<1964 The Tribute>のほうが上だし、サウンドそっくり度では2005年の<Fab Faux>にはとてもかなわない。どっちもわざとらしさなんか微塵もなくて、ショウというよりも正真正銘のライヴだった。ビリビリとしたヴァイブレーションがあったよなあ…なんてことを考えながら観ていたら、ショウの半分くらいで眠くなってしまった。

眠気を覚ましにトイレに行くことにした。席のすぐ横にある通路へのドアを開けて外に出ると、なんとビル・ヘックルさんと鉢合わせをしてしまった。キャヴァーンのダイレクターで、このフェスティヴァルの主催者である。トイレに行く前に眠気はきれいに覚めてしまった。

「うわ、ビルさん。またまたこんにちは。何度も言うけど僕のバンドのこと、いろいろとありがとうございました」
「おお、アスプレイズだな。いいバンドだな。こちらこそありがとう、カズ」

トイレから戻ると、ドアを開けて入ってすぐの席にビルさんが座っていた。僕の席はそのとなりだ。

「…えーとビルさん」
「お? なんだカズ?」
「僕の席、そこなんですよ…」
「(足を畳みながら)おおそうか、どうぞ」
「すみません」

ビルさんの隣に座ることになってしまった。
これはヒジョーにまずい。
フェスティヴァルでいちばんのエライさんの隣で、フェスティヴァルでいちばんの目玉イヴェントを観ながら、もし居眠りでもしてしまったら…。
エラいことになったなあ、どうしようかなあ、という心配が先に立って、目の前で繰り広げられているライヴ演奏にまったく集中できない。
そして…。
やはり眠ってしまった。

気がつくとショウはアンコールに入っていた。
すべてが終わり、メンバー紹介が行われる。眠ってしまったバツの悪さから、ひとりひとりにたくさん拍手をしてあげた。おや、隣のビルさんはぜんぜん拍手をしていない…と思ったら、ジョージ役のギャヴが紹介されると力いっぱい拍手をした。満面の笑みで。そうか、ビルさんはギャヴさんの凱旋を見届けに来たんだな。なるほど。

ファブ・フォーのショウの後はアデルフィ・ホテルのボールルームで少しライヴを観て、ラウンジでレニーさんとビールを飲んだ。
DJのニールがいたのでレニーさんを「日本でナンバー・ワンのジョン・レノンだ」と紹介する。
「おお、そうか、リヴァプールへヨウコソ」とニール。
「ニール、アスプレイズはキャヴァーンで4回も演奏したんだけど、君に紹介してもらうチャンスはなかったね」
「そうか、悪いね。俺、ずっとここ(アデルフィ)でやってたんだよ」
「へえ〜そう。エラくなっちゃったんだね〜、ミスター・ニールさん」
「やめろよ〜カズ。(レニーさんに)来年も来る?」
(イキオイで「来る」と言ってしまうレニーさん)
「おっしゃ、アスプレイズだな。来年また会おう!」

レニーさんと2人でマシュー・ストリートを少しぶらぶらして、宿に戻った。長い長〜い、おまけにもうひとつ「長い」をつけたくなるような1日だった。

フェスティヴァルのプログラムは翌日の火曜日まであるのだが、僕の2008年のビートル・ウィーク体験はこれで終わりだ。
ここからは余談になるが、火曜日、僕はアスプレイズ&お客さんと一緒にロンドンへ移動した。

ロンドンではビートルズ・ツアーで名所をめぐり、夜はソーホーにあるライヴハウス<Jazz After Dark>でアスプレイズが演奏した。驚いたことにイギリス人が7〜8人、観に来てくれていた。ビートル・ウィークでアスプレイズのファンになった人たちだった。みんなロンドン在住のようだったが、ハードな連休明けの平日、仕事帰りに、昨日までさんざん観たバンドをお金を払ってまた観に来るなんて、なんだかすごい。

いや、すごいのはアスプレイズか。いったいなんなんだ、このバンドは。
おつかれさま、ほんとうにサイコーでした。ありがとう!

(完)

NLW No.405に掲載)



【アウトロダクション】

この「利物浦日記2008」は、例によって、メールマガジン「リヴァプール・ニュース News of the Liverpool World」に掲載したものです。
第1回の掲載は2008年の10月21日発行の<NLW No.361>で、最終回(第14回)は2009年2月9日発行の<NLW No.405>でした。つまり、完結までに1年と2ヶ月と3週間もかかってしまいました。いつもながらではありますが、自分の仕事のスロウぶりには呆れてしまいます。連載時にお付き合いくださった読者のみなさんに感謝します。

そして、連載の終了からこのウェブページを作成するまでには、それからさらに1年と11ヶ月もかかってしまいました。
決して忘れていたわけではないのですが(正直に言うと忘れていた時期もありますが…)、「早くやらないとなあ」とは思いつつ、他の仕事を優先させ続けた結果、こういうことになってしまいました。すみません。

ウェブ版の作成作業には、昨日と今日の、まる2日を要しました。
全部の原稿に目を通して掲載用に校正するのにも時間がかかりましたが、それ以上にたいへんだったのが写真です。ツアー紹介ページとこのレポートページに掲載の写真はすべて、今回新たに選び直してエディットしたものです(その数なんと120枚!)。
ちまちました面倒くさい作業にはうんざりでしたが、それでも、全体的には楽しい仕事になりました。
それは、自分の書いた原稿の内容をほとんど忘れていて新鮮な気持ちで読むことができたこともありますが、やはり、この2008年のフェスティヴァルおよび「スカウスハウス・ツアー」が、素晴らしく充実していて、すべてが大成功だったからでしょう。
「ほんとうにいい夏だったなあ」という、ありきたりではあるけれども、しみじみした感懐を抱きました。

あ、えーと、ツッコミが入らないうちに自分で言いますけど、「利物浦日記2009」のウェブ版も早めに取り掛かりますね。しばしお待ちを。

(2011年1月6日 山本 和雄)



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